長期展開(2): パンドラのキー
作中、12年後裏世界の遊佐鳴子が残したデータとしての「パンドラ」は2つの意味で使われている。
裏世界の遊佐鳴子が記憶媒体に残していたデータそのもの。学園生の去就や、第7次侵攻以後の世界情勢が克明に記録されていた。2015年5月(現実の暦)頃、レイド『パンドラ』で発見され、しばらくの間「予言」として生徒会の行動を左右することになる。
(1)のうち、強力なプロテクトにより秘匿されているフォルダのこと。秘匿領域を見つける回が2016年6月頃公開の第25話で、中身が公開されるのは2018年10月頃の第53話という、2年近くをかけた遠投。
度々登場する「パンドラ」とそのキーは、「ジェイソンの持ち帰った何か」以上にそこそこ頻繁に登場し、裏世界案件に横たわっていた要素だ。上記の通り、12年後裏世界で遊佐鳴子の遺した記録「パンドラ」の中に鍵のかかったブラックボックスのフォルダが見つかったことを発端に、グリモアはその解読方法とキーの所在で相当な長期間を振り回されることになる。
(2)の方はより腰を据えて取り組む前提で作ってあるのが見て取れ、「出した時は中身を考えてなかった」とは言うものの、着地の時期はある程度決めていたように思う。
キーの所有者は結局、以下の5名だった。
風槍ミナ(レイド『パルチザン』)
レジスタンス「パルチザン」の使者として表世界からのコンタクトに応じた。
仲月さら(レイド『ラストワルツ』)
パルチザンの代表。阿川奈で組織を一時解散する際にキーをグリモアに託し、鳴子が4人以上にキーを渡していたことを伝える。
桃世もも(レイド『探求者』)
パルチザンの後方要員として宿を運営。
武田虎千代 → 裏世界マーヤー・デーヴィー → 表世界マーヤー・デーヴィー(レイド『命の天秤』、第37話)
霧汚染により引退していた虎千代だが、第8次侵攻では戦闘に参加。その後はマーヤー・デーヴィー(裏世界)の手記と本人の証言により、インドでゲートを閉じたことが分かっている(レイド『風飛の丘に花は散り 巨星墜つ』)。キーは裏世界のインドでマーヤーに渡り、その後は研究のためか風飛大深度地下に保管されていたところをジェイソン・デラーに回収され、表世界のマーヤーに持ち出されている。
このあたりの裏世界の虎千代とつかさ、裏世界のマーヤーたち始祖十家の足取りには空白や解釈の余地が大きく、裏世界の始祖十家が特級危険区域スペインで全滅するまでの流れは改めて整理してみてもいいかもしれない。
白藤香ノ葉(サンクチュアリ)
パルチザンを脱退し、避難者と共にふうびきっずに隠れ棲んでいた。
データをハックしてみたらCicada3301のようなパズルが出てきたくだりと、それを数年後に「あれはやっぱ違ったよね」とあっさりぶん投げたところは、仮に再考証からの後付けだったとしても個人的にはとても気に入っている。
心「RSA暗号です。巧妙に偽装されていますが、待っていれば解けましたね。」 結希「何年待っていればよかった?」 心「それはマシンパワーによりますが…Cicada3301は知ってますか?」 結希「…知ってるわ。何年か前にネット上に出た、暗号でしょう?」 心「RSA暗号を突破すると、それと同じような問題が出てきます。」 心「遊佐鳴子は、自分の死に際しても遊び心を忘れていなかったようですね。」 結希「…Cicada3301を解いて遊ぶのは、別の機会にするわ。」 結希「それで、あなたなら、その謎かけも障害にはならないでしょう?」
(第25話内『パンドラ・ミステリ』)
Cicada3301の具体的な内容に踏み込んでいるページには以下のようなものがある。
見てもらうと分かるが、この手のARG(代替現実ゲーム)めいた仕掛けはウェブ上のリソースや他の作品・被造物に依存していることも多い。文明の崩壊しつつある12年後裏世界や、パラレルワールドである表世界の人間に解かせようとすると不具合があるんじゃないか? ……というツッコミはあると思うが、ここでは「謎かけパズルのようなものが使われている」というフレーバーの表現と理解すればいいだろう。実際、このCicada3301を模した謎かけも結局パスワードロックのようなものでしかないらしく、この25話のうちに心は既に魔法的手段で迂回して突破している。
そしてCicadaの奥底にはもう一段、魔法的なプロテクトが仕掛けられていた。
心「ええ。いくつもの問題をスルーして、最後にたどり着きました。」 心「…そこには、魔法がかかっていました。」
(第25話内『パンドラ・ミステリ』)
更にこの直後のレイド『パルチザン』で裏世界の風槍ミナがパンドラのキーを持ってくることで、実はパンドラの解読にはキーが必要だったことが判明する。その所有者は前述の通りで、裏世界の虎千代とマーヤーを除く彼女たちはグリモアに身を寄せ、戦力になってくれると同時に、パンドラのキーによって魔物と世界の謎を解く手助けをしてくれたことになる。
夏海「心の魔法は結局、だめなんでしたっけ? セキュリティ突破できなかった?」 鳴子「今思うと、パンドラは【キー】がないと全てのデータが揃わなかったんだ。」 鳴子「復元しようにも、中にデータ自体がないならお手上げだしね。」 鳴子「Cicadaを気取ったりしてはぐらかされてたけど…」 鳴子「ウィッチ対策なら、中身を入れないのが一番だもんな。」
(第52話内『報道部、ゲーマーの決意』)
暗号化されたデータは、そこにデータが揃っているかどうかすら判断できないというのは、考えてみれば当然のことだ。
パンドラは、キー自体がそれなりの容量を持った一見無秩序なデータで、すべて揃えると解き方も分かるようなものだったのだろう。一定のアルゴリズムで並び替えたデータを、そのアルゴリズムごと分割して配ったという解釈はできると思う。
表世界の鳴子の言うように、たとえアナログまじりの方法で鍵を隠したところで、情報理論を無視しうる心の魔法ではどんな暗号手法もいつか解かれてしまうのだから、シンプルで合理的な解決だったと思う。あとCicada3301モドキは解くだけでは意味がなかった(あるいは解かなくてもよかった)と言われてしまったのが、上手く言えないがたまらなく良い。
では、発見時に心の言っていた魔法的なプロテクトとは何だったのか? これは例えば、キーが厳密にすべて揃わなければ一切の解読を許さないような、補助的な機構だったという解釈は通ると思っている。パンドラを複数のキーに分割する方法自体が魔法だったとか。
強いてツッコミどころを挙げるなら、キーがデータを兼ねること自体は、そのサイズ等からもっと早く判明してもいいのでは? という点くらいだろうか。
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